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東京高等裁判所 平成6年(ネ)4130号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担となる。

二  被控訴人

主文同旨

第二  事案の概要

本件の事案の概要は、次に加除訂正するほかは原判決の「事実及び理由」の第二に記載されたとおりであるから、これを引用する。

原判決三丁裏七行目と八行目の間に「また、被控訴人は、抵当権の物上代位により、本件賃貸借契約による賃料債権の差押えを申し立てたが、右賃料債権二五九二万円(月額七二万円の三年分相当額)は差押えに先立つ平成四年一一月九日に控訴人第一住宅通商から訴外岩本昇に債権譲渡されていたため、右申立ては効を奏さなかった。」を、同四丁裏七行目と八行目の間に「また、本件建物についての東京地方裁判所平成五年(ケ)第四六号不動産競売事件(以下『本件競売事件』という。)においては、保証金のうち賃料の四か月分相当額を買受人が引き受けるものとして最低競売価額が決定されているが、右の条件で本件建物の売却が実施される限り、本件賃貸借契約は抵当権者(買受人)に損害を与えることになるものではない。」をそれぞれ加える。

第三  当裁判所の判断

一  民法三九五条ただし書による短期賃貸借の解除は、賃料債権が第三者に譲渡されることにより、抵当権の物上代位権に基づく賃料債権の差押えが不能となるなどの理由によって抵当権者が直接的に損害を被る場合や、当該短期賃貸借の内容(賃料の額又は前払いの有無、敷金の有無、その額等)が通常の短期賃貸借の内容と比較して抵当不動産の買受人にとり不利益なものであるため抵当不動産の価格の減少を招き、これにより抵当権者が損害を被る場合に認められるものと解するのが相当であり、短期賃借権の設定それ自体により抵当物件の価額が低下することから直ちに抵当権者の賃貸借解除請求が許されるものではない。

二  そこで、これを本件についてみるに、甲第七号証及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は本件根抵当権の物上代位権に基づき、本件賃貸借契約の賃料債権差押えの申立てをしたところ(東京地方裁判所平成五年(ナ)第六〇八号)、右賃料債権は、控訴人第一住宅通商から訴外岩本昇に対して、短期賃貸借期間三年分の全額二五九二万円が譲渡済みであり、右債権差押命令の申立ては執行不能であったことが認められる。

そうすると、被控訴人は、本件賃貸借契約によって直接的に損害を被っているものというべきである。

三1  また、本件建物は、一〇階建てビルの八階部分(床面積一二九・七四平方メートル)であり、前記のとおり本件賃貸借契約の賃料は一か月七二万円、保証金は二〇〇〇万円であるところ、乙第五号証の一によれば、同じビルの七階部分(床面積一二九・七四平方メートル)の賃借人募集広告(情報公開日平成四年一〇月二九日)では、賃料は一か月九五万円、保証金は一五〇〇万円で解約時に賃料の二か月分を償却するものとされていることが、また、乙第五号証の二によれば、本件建物の近隣に所在する一一階建てビルの二階部分(床面積一二六・七四平方メートル)の賃借人募集広告(情報公開日平成四年一〇月一四日)では、賃料は一か月一〇〇万円、保証金は一五〇〇万円で解約時に賃料の二か月分を償却するものとされいてることがそれぞれ認められるから、本件賃貸借契約は通常の賃貸借契約に比較して、賃料において一か月当たり約二五万円低く、保証金において解約時の償却分も考慮すると約七〇〇万円高額であることが認められる。

したがって、本件競売事件の買受人が控訴人株式会社豊和地所に対する高額な保証金返還債務を承継し、これにより不利益を受けるかどうかの点はしばらく措くとしても、本件賃貸借契約の賃料は不当に低額であり、競売による買受けの場合、低額な賃料の代償として保証金が従前の物件所有者から買受人に引き渡されることも期待できないため、低額な賃料は、通常の短期賃貸借の場合に比較して買受人に不利益であり、保証金返還債務の引受けの紛争が不可避となることもあいまって本件建物の価額の低下を招くものというべきである。

2  原審における鑑定結果によれば、本件建物の価額は、控訴人第一住宅通商から賃借して占有している第三者がいない場合は一億五四〇〇万円であることが認められ、他方、被控訴人は、これを超える被担保債権を有しているのであるから、本件賃貸借契約は、抵当権者である被控訴人に間接的にも損害を及ぼすものである。

なお、右の鑑定結果は、前記のような本件賃貸借契約における賃料額のほか、競売不動産の買受人が保証金の返還義務を承継することを前提とした上で、右賃貸借が存することによって減少する本件建物の価額は二八〇〇万円であると判断しているところ、控訴人らは、右の減価額は、一般の短期賃借権減価をした場合とほぼ一致しているから、短期賃借権の存在により一般的に減額される範囲内のものであって、民法三九五条にいう抵当権者の損害には当たらない旨主張している。

しかし、右鑑定結果によれば、東京地方裁判所民事第二一部編集の「競売不動産鑑定評価運用基準(草案)」には、「短期賃借権のある建物の評価は契約の内容、残存期間、利用の態様を考慮したうえ、借家権価格の一〇パーセントないし三〇パーセントを借家権減価して行う。なお、事情により買受人が建物の占有を取得するために要すると見込まれる時間的、経済的負担に相当する金額を借家権価格の五パーセントないし二〇パーセントを目安にして、さらに減価することができる。」旨記載されていることが認められるが、右は抵当権者に損害を及ぼす場合をも含めて、一般的に短期賃貸借が存する場合の建物の評価の目安を設けたものにすぎず、同裁判所においても、個々の短期賃貸借契約の内容等に基づいて抵当不動産の減価をして最低売却価額を決定していることが窺われるから、本件の減価額が同裁判所における減価の基準とほぼ一致しているからといって、それが当該短期賃貸借契約の内容が不利益であることに基づく損害でないということはできない。控訴人らの右の主張は、前記運用基準の趣旨を正解しないものであり失当である。

3  また、控訴人らは、本件競売事件においては、保証金のうち賃料の四か月分相当額を買受人が引き受けるものとして最低売却価額が決定されているので、右の条件で本件建物の売却が実施される限り本件賃貸借契約は抵当権者(買受人)に損害を与えることになるものではない旨主張しているが、評価書や物件明細書に買受人が引き受けるべき保証金返還債務の割合等の範囲が記載されていたとしても、評価人や執行裁判所が右の引き受ける範囲を最終的に決定する権限があるものでないので、右の点の記載はあくまで最低競売価額を決定する一つの考慮要素としての記載にとどまるものであり、買受人の引き受けるべき保証金返還債務の範囲については別途の紛争解決方法によって決着がつけられるべきものである。いずれにしても、本件の場合、買受人が引き受ける保証金返還債務の金額のいかんにかかわりなく右賃貸借契約により被控訴人に損害が生ずるものと認められることは前記のとおりである。

四  右のとおり、本件賃貸借契約は、本件根抵当権者である被控訴人に直接的にも間接的にも損害を及ぼすものであるから、被控訴人の民法三九五条ただし書に基づく本件賃貸借契約の解除請求は理由がある。

第四  結論

よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加茂紀久男 裁判官 鬼頭季郎 裁判官 林 道春)

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